ジルウェート 第二章 Act.3
ウィン 「ハイ、できあがり!」 ウィンが小熊から両手を離した。 小熊の右後ろ脚には少しだけウィンの血が付いた包帯が巻かれていた。 外気に触れることで傷の痛みは強かったが、包帯があることによってある程度の衝撃なら耐えられるようになったはずだ。 小熊はその足を不思議そうに眺め、少し動かしてみる。 前ほど痛みが少ないことに気づくと、見るからに嬉しそうにウィンの周りをくるくると走り回った。 ウィン 「あはは、 痛くない? よかったぁ〜。」 アウス 「まったく…。 ほら、ウィン。 次はあなたの番だよ。」 ウィン 「はぁい!」 コロン 「 ………」 ウィン 「ねぇ、よくできた? 僕、よくできた?」 アウス 「うん。100点。 はやく傷みせて。」 ウィン 「えへへ〜。」 アウスは、ウィンの傷の状態を見ると数回頷き、リュックから水筒を取り出した。 その中の水でウィンの噛まれた右手を洗い流した。 コロン 「 …風霊使い。 ごめん。」 ウィン 「ん、なんで?」 コロン 「 オイラのせいで怪我させちまって…。」 ウィン 「えへへ。 気にしなくていいよ! 僕は大丈夫だから。」 アウス 「幸い、浅い傷だったからよかったよ…。 あんまり酷いようだったら私が許さなかったけど。」 コロン 「 悪い…。」 アウス 「浅い傷だったんだから、別にもう謝らなくていいよ。」 コロン 「 なぁ、たぶんなぁ…。」 ウィン 「ん?」 アウス 「たぶん…、 なに?」 コロン 「たぶん、 風霊使いはいいジルウェートになるんじゃないかな?」 ウィン 「そうかなぁ〜? ありがと〜。」 アウス 「……。」 Act.3 二人と一匹は、例の森から出た。 あのオオグマの治療もしたいところだが、そんなことをしてまた目を覚まされたら、次は腕を一本持っていかれる。 それなら、いっそあそこで眠っていてもらいたい。 ウィン 「あぁぁあ…。 お腹空いた…」 アウス 「うん、さすがに疲れたかも。 これでやっと休憩できるね」 ウィン 「アウス、お弁当〜!!」 アウス 「はいはい、今出すから待っててね〜」 ウィン 「うぇ〜い!!」 コロン 「おい、オニギリとやらはくれるんだろうな?」 アウス 「なにいってんのよ、このトラブルメーカー。 グリズリーマザーの頭にドングリぶつけといて…」 コロン 「それは…、あれだよ。 お前の指示に従った結果だろ」 アウス 「誰も脳天にヒットさせろなんて言ってないでしょ!!!!」 コロン 「脳天にヒットさせるな とも言ってないだろ!! それに、最終的にオイラのあの一撃がトドメになったじゃないか!」 アウス 「あれでトドメにならなくて、逆上してきたらどうするつもりだったの!?」 コロン 「いいだろ、現に丸く収まったんだから!!」 アウス 「よくない! もっと慎重に行動しなさい!」 コロン 「なんだ、地霊使い。 お前はオイラの母親か!?」 ウィン 「アウスー… 。 ぐりぐりーマザーのことはもういいからぁ…」 アウス 「グリズリー」 ウィン 「お腹が空いて力が出ないってば〜!!!!」 アウス 「あ、ごめんごめん…、 今出すからね…」 ウィン 「頼みますよほんとにも〜」 アウス 「あなたとはまだじっくり話す必要がありそうね、コロン」 コロン 「望むところだ!!」 アウスは、リュックから バサァッ とピンクと白のチェック模様の可愛いシートを森のすぐ側に広げた。 靴を脱いでシートに乗り、自分の持参したお弁当を探すアウス。 同じく靴を脱ぎ、シートに乗ってそれをまじまじと見つめるウィン。 お腹はもう、とっくに限界で、貧乏ゆすりが止まらない。 コロン 「あれだな。 クマに襲われた直後とは思えないほのぼのぶりだな」 ウィン 「我慢できないんだもん!」 コロン 「そ そうか…」 アウス 「コロン、あんたも入りなさい」 コロン 「お邪魔しまぁす…」 ウィン 「おかえり〜! お夕食にする?それともお風呂?」 コロン 「……いや、朝だし」 アウス 「それにしても、こんな近くにあんな凶暴なフォールがいるなんて」 コロン 「奴らは奴らなりに、縄張りをもって行動してるからな。 お前らの町からでは見つけられないのも当り前さ」 アウス 「う〜ん、興味深いね。 旅するのも案外面白いかも」 コロン 「サリーポからクリミネルなんざ、旅でもなんでもねぇよ。 世界にはもっと知らないことがあるぞ」 アウス 「そっかぁ…」 アウス 「はい、ウィン」 アウスは弁当箱を見つけると、それを手際よくシートの真ん中に広げた。 おにぎりの入った箱のほかには、から揚げ・コロッケ・タコさんウィンナー、ハンバーグやミートボール。 お子様ならば誰もが歓喜するようなお弁当のメニューがズラリと並んだ。 それに加え、卵焼き・プチトマト・ポテトサラダにポテトフライ、春巻きカボチャの煮つけなどの脇役たちも充実。 極めつけのデザートには、チーズケーキが用意されている。 アウスの愛情が底なしにつぎ込まれたお弁当である。 ウィン 「やったぁ〜〜っ!!!!!!」 コロン 「こ、これはすごい…」 ウィン 「コロンくん…。 アウスの料理は世界一なんだよ〜」 アウス 「はは、といってもウィンはサリーポでしかご飯を食べたことないけど…」 コロン 「これ全部地霊使いが作ったのかっ!!?」 アウス 「まぁ…」 照れ隠しか、アウスは目をそむけて頭を大げさに掻いた。 ウィン 「それでは、早速いただきましょう!」 アウス 「ちゃんと手を洗いなさぁい」 ウィン 「はぁ〜い!」 アウスはリュックから水筒を出して手をすすぐように促した。 休憩中は特に道を通る者もなく、静かな時間にウィンの「おいしいおいしい」とコロンの「うまいうまい」だけが聞こえていた。 …ただ、コロンが「汁モノがほしい」といったら、ニヤニヤしたアウスの三つ目の水筒から暖かいお吸い物が出てきた時は、一時騒然としたが。 森の奥から、グリズリーマザ―が逆襲しに来るようすもなく、いたって平和であった。 一通り休憩を終えたアウス達は、お花見セット(お花を見ていた覚えはないが)をしまってすぐさま旅に出た。 二人と一匹は、クリミネルに続く道を並んで歩いていた。 …といっても、コロンは飛んでいる。 アウス 「とりあえず、あの煙が出ている山がクリミネル活火山でいいのよね?」 コロン 「あぁ。 あまりウリエル様を待たせるわけにもいかない」 ウィン 「ウリエルさまってどんな感じの人なの?」 コロン 「人じゃない、神様だ!」 ウィン 「怖いの…? すぐ怒る?」 アウス 「性格は分からないけど…、炎を纏った巨大な龍 って話よ」 ウィン 「そうなの? コロンくん」 コロン 「まぁ、そんなかんじだ。 とにかく寛大なお方だからな、見た目は恐ろしいけど怒ったりはしないよ」 ウィン 「よかった〜。 ぼく、すぐ怒る人好きじゃないんだ」 コロン 「神を好き嫌いで割り切るなよ…」 アウス 「龍、なんて見たことないからね〜。 なんだか楽しみだなぁ」 コロン 「ふん、どうせ目の前にしたらビビって立ちすくむぞ!」 ウィン 「おっきい?」 コロン 「あぁ、めちゃくちゃでかいぞ。 どれくらいかは分からんが、さっきのオオグマなんて比べ物にならないくらいの大きさだ」 ウィン 「ふーん」 コロン 「他の神様は見たことないが、どの神もウリエル様ほど大きくて寛大なのだろうか。 そう考えるとオイラ達は本当に小さな存在なのだなぁ…」 アウス 「何言ってるんだか」 ウィン 「コロンくんは神様が好きなんだねぇ」 コロン 「好きとか嫌いとかじゃないっつうの! 今この世界でバンテとフォールがここまで冷戦した時期はないんだ。 それを今も保っているのは神様たちの力があるからだぞ!」 アウス 「それと、ジルウェートね」 コロン 「ジルウェートかぁ…。 実際に見たわけじゃないしなぁ」 アウス 「あら、神が冷戦を保ってるのは実際に見たわけ?」 コロン 「揚げ足を取るつもりか、この〜!!!」 アウス 「なによ〜〜!!!」 ウィン 「どうどう…。 ケンカはおやめなさぁい」 今にもつかみ合いになりそうなアウスとコロンの火花の散らし合いに、平和主義者のウィンが仲介に入った。 ウィン 「今、ぼく、小ジルウェート!」 ・・・・・・・・・・・・・・・ コロン 「お、面白いこと言う」 アウス 「む、無限の引き出し」 ウィン 「小ジルウェート。 えへへへへ…」 アウス 「………。」 ― クリミネル ― ウィン 「う――わ――――――――っっ!!!!!」 アウス 「ちょ、ウィン! うっさい!」 ウィン 「広い広〜い!」 アウス 「はいはい、わかったから落ち着きなさい」 ウィン 「すごいね、コロンくん!! サリーポとは全然違うんだもん!!」 コロン 「あぁ、まぁな。 そりゃそうだ」 アウス達が到着したのは、周辺には岩がごろごろと転がり、どこか むあっ とした熱気に包まれている山のふもと。 そこにある大きな町がクリミネルである。 サリーポの周辺では、一面、海の青か草の緑だったが、ここは違う。 一面が大地の茶色に埋め尽くされている。 大地なのに茶色と言うのもおかしな話ではあるが。 正面には、「クリミネルへようこそ」などという看板が貼ってあり、商業ムード抜群である。 コロン 「クリミネルは、ウリエル様が住んでいること以外にも、ここの気候を利用した名物がたくさんあるんだ」 アウス 「へぇ〜」 コロン 「純度の高い鉄もとれるし、それを使った工芸品、温泉も有名だな」 アウス 「温泉か〜」 コロン 「だから、他から観光しに来る奴もいるんだ」 アウス 「なに、コロン。 変に詳しいじゃない」 コロン 「そりゃあ、俺はウリエル様の使い魔だからな。 火山の方に住んでるんだ」 アウス 「でも、ここはスュードだからフォールは住んでちゃいけないんじゃ…」 コロン 「住んでちゃいけないわけじゃない。 バンテに見つかったら追い出されるけどな」 ウィン 「それってダメってことだよね…?」 コロン 「そうか? 意外と多いぞ、そういうの」 アウス 「 …だとしても、あんたがいたんじゃ町には入れないじゃない」 コロン 「あぁ、入れないさ。 だからこうして…」 アウス 「わっ!!」 コロンは、アウスのリュックの中に自分の体をねじ込んだ。 アウス 「ちょ、ちょっと! 何してるのよ!」 コロン 「オイラしかお前たちをウリエル様のもとへは連れていけんだろう! ここから場所を案内してやる」 アウス 「なんで私のリュックなのよ…」 なにはともあれ、アウスとウィンはクリミネルの門をくぐった。 くぐったとたんに、町の雰囲気がより一層感じ取りやすくなった。 いままで見たことのない風景に、ウィンは一層目を輝かせた。 ウィン 「わぁっ! コロンくん! あれ何!? かわいー!! わっ!わっ! あれは!? あれは何!!!?」 「クリミネル」というのは火山自体の名前であるが、そのふもとにある町の名前でもある。 クリミネルでは、山から採れる土砂や石を加工し、それを家にしている。 土色の住宅、白亜のような建物。 豊富な配色の家々が建ち並び、眺めているだけですこしワクワクしてくる。 多くの人が行き交い、ウィンのような小さな子は隠れてしまってすぐに迷子になってしまいそうだ。 観光客向けの商店や、おいしそうな匂いの漂う食堂。 屋台で売っている小さなアクセサリーは、ここで採れる火山灰や溶岩を使ったものだ。 客寄せの大声や騒がしい世間話が雑踏のなかで溢れる。 神様が住む地、というだけあって大層壮厳とした雰囲気なのかと思いきや、サリーポの優しい雰囲気とは違う、活気にあふれた街並みである。 ウィン 「うあぁっ!! アウス見て! おいしそうっ!」 ウィンの指さした先には、香ばしいパンの香りが漂ったお店がある。 アウス 「おいしそうって…、さっき食べたばっかりでしょ」 アウスのリュックがモゴモゴうごめき、そこから籠った様なコロンの声がする。 コロン 「 …それに、ウリエル様がお待ちだ」 ウィン 「わっ。 びっくりした」 コロン 「観光なら後でさせてやる。 オイラの言う通りに進むんだ」 アウス 「…わかったわ」 ウィン 「なんか、本当にこれから神様に会いに行くような感じがしないなぁ」 アウス 「神殿とかじゃないのね、三神がいる場所って」 コロン 「ウリエル様は、そういう風に祀られるのが好きじゃないんだ」 アウス 「じゃあ、家庭的なの?」 コロン 「そういうわけじゃないけど…、 まぁ、会えばわかるさ」 ウィン 「怖かったらどうしよう」 コロン 「そこの角を右だ」 どこから外を見ているのか、コロンは的確に町の順路を示していく。 しかし、そんなことを気にしない二人は、コロンの言うままに体を右に傾けた。 曲がり角には製鉄所のような大きめの建物があり、 カン! カン! と鉄をハンマーで打つような音も聞こえた。 中で誰かが怒鳴っているが、我々とまったく関係ないことは目に見えている。 コロンが「まっすぐ」という。 二人はまっすぐに進む。 コロンが「左」という。 二人は左に曲がる。 そしていつしか、アウスは、会話がだいぶ減っていることに気づいた。 無意識のうちに、「神」という絶対的な言葉の前にすこしずつ緊張してきたのだろう。 ウィンは相変わらず、周りの風景を見て驚き、喜ぶことに夢中。 アウスは、文献でしか読んだことのない三神の一人に会う ということにある種、責任感に近い感情を覚えた。 今の悲しい世界を創り上げた神。 それをどうにかしようとジルウェートを創り出した神。 ウィンをジルウェートに任命した神…。 それらと、アウス達が今から会う「神」とは同一のものである。 アウス 「………………」 アウス 「………………コロン」 コロン 「なんだ?」 アウス 「今思ったんだけどね、ジルウェートじゃない私はウリエル様に会えるの?」 根本的な疑問である。 普通の人間は絶対に会うことなど許されず、今回はウィンがジルウェートに選ばれ、会いにきた。 アウスはジルウェートではない。 普通のバンテである。 コロン 「しらん」 アウス 「無責任…」 つづく